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春の嵐 -Gertrud-

春の嵐 -Gertrud-

[SS一覧]

  • 1064年、春。どこかの寒村。
  • クレールさんが未婚なので好きにしてという、Rizaさんのリクエストに答えて。
  • クレールさん×セラフィータ。

 


板の打ち付けられた窓を、激しい雨風が揺さぶっている。
 ブレダの辺境――踏み入れたものを帰さぬと噂される嘆きの森ザーレムに程近い寒村を、春の嵐が飲み込んでいた。
 分厚い雲が深い闇を落とす夕刻に訪れた得体の知れぬ二人連れの旅人に、閉鎖的な村人達は硬く扉を閉ざしていた。老いた村長もまた警戒を解くことはなかったが、クレールの手渡した幾許かの銀貨(フローリン)が効を奏し、村外れの廃屋を借りることに同意してくれた。
 何年も前にうち捨てられた廃屋は、寂れた村には似合わぬかなり大きなもので、幾部屋かを検分し最もましな一室を選べば風雨を避けるにも十分だった。素っ気ない態度ではあったものの、疲れ果てた自分達の姿を見て、村長も少しは同情してくれたのかもしれない。
「……もう、良いだろうか?」
「あ、……すみません、もう少し……」
 背後で響く衣擦れの音と、ほのかに香る甘い薫。
 同じ部屋で、連れが身支度をしている。その事実にどうにも気分が落ちつかない。婦女子を雨漏りのひどい他の部屋に移らせるわけにもいかず、ならばせめて自分が部屋を出よう、そう思って腰を上げた時――彼女はそれを制した。
 一人では、心細いから――クレールが良いのであれば、ここにいて欲しい、と。
 獣脂を灯すランプの明かりが、濡れた身体をぬぐう影を部屋の中に揺らめかせている。暖を取るため替えのローブは羽織っていても、その下はほとんど裸に近いはずだった。
 使い物にならなくなった旅装を朽ち掛けたチェストに広げ、クレールはできるだけその事を意識せぬよう、決まり悪げに部屋の隅を見つめている。
(……落ちつかぬな)
 まるで少年のように緊張している己を自覚し、クレールは手持ち無沙汰に顎をさする。しばらく手入れをしていない髭が指先に触れ、今更のように自分が旅の空にあることを思い出す。
 これまでの彼の人生は、その大半が終わりなき旅であったとも言える。
 家名を汚した忌むべき男、その呪詛によって穢れた聖剣、地に落ちた名家の栄誉――思えば自分の誕生すら、邪剣浄化の因果を背負うべくしてあったのかもしれない。
 ゆえに、この責は己一人が背負うもの。クレールはそう思っていた。
 この運命には共に分かち合える相手などなく、一人荒野を彷徨い、そして死すのであろうと。
「……終わりました」
 かさり、とローブの前を合わせる音を残し、細い声がかかる。
 良いのだろうかと一度躊躇い、心の中で5つ数を数えてからクレールは振り向く。
 クレールの旅の道連れ――司祭であり、天慧院の魔術師でもあるセラフィータは外套と手足の皮宛てを外し、簡素なローブに袖を通しただけの無防備な姿で寝台に腰掛けていた。
 まだ湿ったままの髪が、赤橙の炎に照らされて細い光の輪を描いている。
「我が侭を聞いて頂いて、すみませんでした」
「いや。このような旅路だ。時にその重責を感じ脅えることもあろう。とがめを受けるようなことではない」
 セラフィータはクレールに気を使わせてしまったことを恥じているようだった。事実、これまでの旅の中で、今回のように彼女が甘えを口にしたことはない。
 旅の疲れや嵐のなかの強行軍、いくつも積み重なったそれらが、一息つけるだけの場所を得たことで一気に溢れだしたのだろう。
「そのような姿では冷える。これを」
「……はい」
 廃屋には燃えるものなどなく、暖を取るものと言えば隅で灯を燻らせる獣脂のランプのみ。集めてきた毛布に包まって、寝台の上に脚を引き寄せるセラフィータ。その姿はまるで歳相応の娘のようで、脆く儚げな印象しかない。
 真実にこれが、あの猛悪な魔神ギヨームを討った魔術師であるのだろうかと、クレールは不思議にすら思う。
(考えてみれば、数奇な運命であるな)
 死者の王……魔神モルトゥスの御子として、闇の徽を刻まれて生を受けた彼女こそが、クレールの旅の道連れであった。
 片や、呪われし魔剣エボンフラム。片や闇の印モルトゥスの徽した花押。
 ともに逃れえぬ運命のもとにあった二人は、妄執に支配され、救聖母の父とならんとした悪逆の徒ギヨーム・ド・メーヌの齎(もたら)した災禍――その渦中へと巻き込まれ、幾度かの死線を共にくぐり抜けてきた。
 ほんの些細なすれ違いがあれば、二人が出会うこともなかったのだろう。クレールは旅の果てに命を擦り減らし朽ち、セラフィータは姉の囁きに心までも屈し、モルトゥスの贄と化していたに違いなかった。
 そう思えば、自分の存在が少しでも彼女の小さな背にのしかかる重責の助けとなったのかもしれない。
(……いや。自惚れが過ぎる)
 軽く頭を振って、クレールも水を吸って重くなった靴を脱ぎ、寝台に脚を放り出す。
 無理が祟ったか、背中と肩にずっしりと鉛のような疲労感があった。折角得ることのできたこの雨避けのなかで、少しでも暖をとり、疲れを取らねばならなかった。
「雨、止みませんね」
 ぽつりとセラフィータが言う。嵐は収まる事はなく、窓は不気味に軋んでいる。最低限の補強は施したが、朝まで保つだろうか自信はない。
「そうだな。……このような場では心から安らぐことは難しいかも知れぬが、そなたも早く休んだ方が良い」
「はい……」
 答えはあっても、セラフィータは横になるつもりはないらしかった。
 クレールも似たようなもので、何故かランプの灯を消すのが億劫に思え、立ち上がる気にもなれない。
 そのまま、二人の間に無言の時が落ちる。
「……あの」
 沈黙を破ったのは、やはりセラフィータだった。
「こんな事を、していてもいいんでしょうか」
 ぱちりと、粗悪なランプの芯が音を立てる。黒い煙が一筋、天上に立ち昇っていった。毛布に顔をうずめ、セラフィータは俯いたまま言葉を継ぐ。
「次の暗天節まで、もう半年もありません。……今度こそ姉さんは、私をかの死者の王の元に連れて行くはずです」
「そうなるかは、まだ分からぬ」
「……でも、私は……私達は決してその場から逃れる事はできません」
 言い直したのは、この破滅の運命に囚われているのが自分だけではない事を思い出したからだろう。
「私達は、次の暗天節を逃れることはできない。私達がこの因果から解き放たれるには、たとえ可能性が絶無でも、そこに訪れなければいけないから。
 でも、その時に……姉さんが、本当に私を求めた時に、それを拒絶できるのか――分からないんです」
 セラフィータには姉がいる。アリサという名のその娘は、セラフィータと同じようにモルトゥスの御子として生を受け、モルトゥス信仰の邪教を奉じる“暗き炎の教団”で育てられた。苦難を分け合い、文字通り血よりも濃い絆で結ばれたただひとりの姉――そんなアリサは、いまやモルトゥスの使徒となって真の死の印を分け与えられ、魔神の力を手に入れていた。
 闇に身を墜とした姉の言葉を、これまで何度もセラフィータは振り払ってきた。けれどそれがいつまで続くのか、もうセラフィータ自身にも分からない。
「闇を退けようと私が力を求めれば、暗き闇が私に応えてくれる。姉さんから逃れようとすればするほど、私は闇に染まってゆくんです……」
 この半年で、セラフィータの身体にさらにいくつかの魔印が刻まれたことをクレールは知っていた。魔神に愛された――愛されすぎた娘。闇の力を受け入れるのにあまりに適しすぎていた身体は、無差別に闇の力を引き入れてしまう。一度だけセラフィータが語ったところに寄れば、彼女は四六時中、休むことなく付き纏う魔神達の囁きを聞き続けているのだという。
 それは、地獄の底よりも恐ろしい苦痛だろう。
「姉さんの優しい声が、優しい笑顔が、そっと抱いてくれる腕が、何もかもが怖いんです……!! 恐ろしい誘惑だと分かっているのに、そこに心惹かれて、赦してしまいそうになる……!! あれが、昔の姉さんじゃないことは分かっているのに……!!」
 優しい子守唄と静かな笑顔。たとえ姿形は変わり果てても、そっとかけられる言葉はセラフィータの知る姉のものと変わらなかった。だからこそ恐ろしい。目を閉じれば、次に目覚めるのは姉の誘惑を受け入れた自分ではないのかと。
「もう止すのだ。今は旅の最中、焦り考えても答えは出ぬ。まだ次の暗天節まで時はある。じっくりと探し、見つけるのが良い」
 彼女の深き苦悩を、クレールはまるで我が事のように感じていた。
 だから、そんなセラフィータにかけてやる言葉が己の内にない事を、クレールは酷く悔いる。どんな慰めを口にしたところで、真実彼女を救ってやる事はできないだろうと、痛いほど思い知っていた。
「……そなたはもう休んだ方が良い。目が覚める頃には嵐も止んでいよう。なに、魔神の一人や二人、襲ってきても私が追い返してくれる」
「…………」
 場を軽くしようと珍しく軽口をたたいてみせるクレールだが、魔神の真の恐ろしさを知っている二人だからこそ、その言葉はどこか空虚に響いた。
 セラフィータは頷くこともなく、静かに顔を伏せる。
 風雨が再び、沈黙を埋めてゆく。
「……すまぬ」
 居たたまれない気分になって、クレールは謝罪を口にした。
 けれど、それでわずかに、セラフィータは張り詰めていた息を漏らす。
「似合いませんよ。そういうの」
「む。……無理をせぬことが肝心、ということだな」
「ふふ。格好、良かったですけどね」
「あ、あまり揶揄ってくれるな。……慣れぬ事をしたと後悔しているのだ」
 取り繕ったクレールに、セラフィータは小さく笑みをこぼした。
「昔――ずっと昔、憧れてたんですよ。いつか、私をここから助け出してくれる人がいるんじゃないかって。……物語の中のお姫様みたいに。そんなことを、信じてた頃がありました」
「…………」
「だから、そういうの、嬉しかったです。……王子様って言うには、少しおじさんでしたけどね」
「む……」
 言葉に詰まり、決まりの悪さをごまかすように顔を背けていたクレールは、ふいに鼻先を掠める甘い香りに顔を上げた。
 気付けば、毛布を羽織ったままのセラフィータが、すぐ側に居た。
「ど、どうした?」
「…………あの。とっても、撫付けな、お願いを……聞いてもらっても、いいでしょうか」
「む……」
 寝台が、軋みを上げる。
 言葉を交わすにはあまりに近い距離。これは、恋人の――いや、契りを交わした男女の距離だ。
 ゆるやかに寄せられたセラフィータの身体。わずかな香りは、魔術師の嗜みとして焚きこまれた香の匂い。ローブの下に秘められた柔らかな肌が、確かな暖かさをもってそこに感じられた。
 セラフィータの声には、クレールの揺らぎかけた理性を根こそぎ溶かしてしまうような甘い響きがあった。辛うじて保った意識を総動員し、クレールはセラフィータの身体を引き剥がそうとする。
「止めよ。……あまり、自分を責めぬほうが良い」
「そうじゃ、ないんです。……そんなに、難しい事は抜きですから」
 頬を赤くし、セラフィータはなにかを逡巡するように視線をさまよわせ、そして確かとクレールの顔を見て、言った。
「こんな風に、頼むのは……いけないことだって、解っています。私のほうから、なんて……でも……」
 クレールとて十三、四の小僧ではない。セラフィータが何を言わんとしているのかは理解できた。けれどその理由が解らずに、口を噤んでしまう。
「駄目だ。私には――」
「寂しいから、というのでは……抱いては、いただけませんか……」
 その言葉は。
 どうにか持ち堪えていたクレールの理性の箍を軋ませるのには、十分なほどで。
 ベッドはひときわおおきな軋みを上げ、二人分の体重を受け止めた。

 

 

 

「はしたない娘だと、お思いですか……?」
「……いや。女性に恥をかかせるのは、男として不実だ」
 セラフィータは、クレールの力強い腕の中に囚われている。
 ほとんど何も分からないまま、セラフィータはクレールの口付けに応えた。軽く唇を噛み、舌を触れさせる程度のささやかなものだが、それでもあっという間に彼女の余裕は吹き飛んでしまう。
 共に旅の道を歩んで半年。誰よりも側にいた男の手で、自分が淫らな姿を晒している――その事が、酷くセラフィータを興奮させているようだった。
「っぁ……」
 小さな唇から、堪えもなく小さな声が口を付いて出る。
 じんわりと潤む瞳から、わずかにこぼれた涙をクレールの舌が舐め取った。彼女の身体は、騎士の丹念な愛撫にわずかながら確実に反応を返し、芯に残る硬さを残しながらも柔らかくほぐれてゆく。
「辛いか?」
「いえ。でも……その、……不慣れなものですから、クレールさんを……愉しませる、ことは……できないと思います、けれど」
「余計な事は考えずともよい。それは男の役割だ」
 力強い掌で、そっと頭を撫でる。まるで子供のように扱われるのがくすぐったいのか、セラフィータはきゅっと目を閉じた。
「そなたは、目を閉じていてくれれば、それで良い」
「…っん、ぅ……」
 口付けを繰り返すうち、セラフィータもそれに応じるようになってくる。濡れた唇が触れあい、舌がお互いの歯をなぞるたび、かすかに甘い声がこぼれる。
 この愛おしさは、果たして恋人に抱くものであろうか、あるいは娘に抱くものであろうか。堅物と評された人生を振り返り、自分の感情一つ線引きのできない己にクレールはわずかに後悔する。
 色恋に溺れ身を崩した同輩を、ほんの少し羨ましいとも思った。
 内に滾る獣の欲望を、できる限り抑えこみながら、クレールはそっとセラフィータを導く。乙女の身体のうちに溢れる、愛されるものの悦び――ローブの下を湿らせて内腿に広がる小さな泉に、クレールはその存在を知る。
「っは……」
 つぅ、と伸びる細い唾液の糸に、セラフィータは赤くなった頬を隠す。
 けれど、
「もっと、良く見せてくれ」
 彼女はクレールのその要求に逆らわなかった。
 消え入りそうな羞恥を覚えていることをはっきりと知らせる火照る耳を晒し、セラフィータはこくり、と口の中に溜まった唾液を飲む。
「……クレールさん……そこに、居ますよね……?」
「ああ」
 声を上げるセラフィータに、答えるクレール。
 不安なのだろう。荒い息を堪え、自分を獣のように組み敷いている相手が、本当に己の心を許した相手なのかと。
 それはクレールも同じだった。彼もまた己の身と心を素裸にしてさらけ出すことに激しい抵抗を覚えていた。どこまでも生真面目な男が、厳格なド・メーヌの掟と己の矜持に鎧って、決して見せようとする事のなかった心。
 蔑まれるのではないだろうか。失望されるのではないだろうか。名誉などとうに捨てたと思っていたはずなのに、今はただ、嫌われるのが怖かった。
(……そなたは、こんな気持ちとずっと戦っていたのだな)
 ほんの少し、この孤独な魔女に近付けた気がする。クレールはゆっくりとセラフィータの身体を抱き締めた。
「そなたを、もっと感じていたい」
「………ふわぁ……っ」
 今にも鎖を引きちぎってしまいそうな己を必死に抑えこみ、クレールは再度の口付けと共に、そっとローブの隙間から手を滑り込ませた。剣の鍛錬で太く硬くなった指先が、絹のように柔らかな白い肌をなぞる。
 細い身体は、すこしばかり腕に力を篭めるだけで雪のように消えてしまいそうだ。
 そんな真白い肌に汗の珠を浮かせ、セラフィータはきつく唇を閉じる。はしたなく身を震わせてしまう自分の身体が自由にならないことがもどかしいのだろう。
「……くれー、る、さぁ…んっ……」
 彼女の濡れた唇が、舌足らずな声でクレールの名を呼ぶ。いつもの彼女の姿とはあまりにもかけ離れた――途方もなく甘く、美しく、はかなげな姿。
 使徒ファンタスマの言霊とは、こんなにも甘美なものであったのだろうか。
 軋む寝台の上、クレールはたまらなくなって彼女の胸に顔をうずめた。
「っ……」
「恥じることはない。可憐だ」
「……うぅ……そんな風に、まっすぐ言うの……卑怯です……」
 恥らう自分すらみっともないと思っているのだろうか。顔を背けようとするセラフィータを引き寄せ、クレールは指と舌先で柔肌をまさぐる。汗と唾液の湿るおとが響き、乙女の声は小さく高い叫びに変わり、しばし続いた。
 やがて、無言がたまらなくなったのか、セラフィータが聞いてきた。
「……、あ、あの」
「む」
「こういうの……慣れて、らっしゃるんですか……?」
「……答えづらいことを聞いてくれる、な」
 どちらだと口にしても、あまりいい結果にはならないような気がする。眉を寄せるクレールに、セラフィータは慌てて続ける。
「……わ、私……その、いきなり、こんなふうになるなんて……全然……。その、……ま、前に、奥さんがいるって、仰っていませんでしたか……?」
「そのようなことを口にしたこともあったな」
 それは確か、出会いの頃に話したことだ。
 良く覚えているものだとクレールは苦笑する。聖剣クレマティオ――呪われた魔剣エボンフラムの浄化のため選ばれた自分ではあるが、傍系とはいえド・メーヌの名に身を連ねるもの。爵位を持つ自分が領地を離れ放浪をするには、すでに隠居の身であり家督を譲ったという事実が必要になる。
 その形を整えるため、クレールは形式上妻帯し、二子を設けたことになっていた。
「気に病むことではない。好いた女性を悲しませぬのも男の甲斐性だ」
 実際は、10年以上にも渡る放浪の日々。生家に戻ったことも数えるほどしかない。一夜の恋も皆無だったわけではないが、真に心を許した相手もいない。
「……嘘だ、って言ってくれないんですね」
「私がそうだと口にすれば、そなたは信じてくれるのだろうな」
 たとえ、それが偽りであったとしても。セラフィータはそれを信じるだろうとクレールは確信している。
「それに――そなたは、自分が乱れる理由が欲しかったのではないのか?」
「っ……ち、違っ……!!」
 慌てて首を振ろうとするセラフィータだが、すでに隠しようもない証拠をクレールに握られてしまっている。
 真っ赤になりながら、俯くしかなかった。
「……意地悪、ですね……」
「甲斐性だ」
 クレールは思う。自分がこの愚かしくも真摯な娘を、憎からず思っている事は確かだ。それはセラフィータとて同じ。親子ほどに歳が離れていても、そこにあるのは確かな男女の親愛である。
 だが、同時にこれが逃避でもある事を、二人とも十分に承知しているはずだった。
 半年の後に迫った1064年の暗天節――それは魔神モルトゥス、そしてその眷族となった魔神アリサとの絶望的なまでの対峙の刻限だ。死闘の果てに魔神ギヨームを討ち果たした時、アリサは1年後の再来と最後の決着を口にし、予言した。
 死者の王に立ち向かう者達全ての敗北と、絶望を。
 閉塞された世界の中で、当てもなく放浪し、擦り切れた心を寄せあい、不安を紛らわせるために人肌を感じる――これは、生命の危機を感じるがゆえの、本能の発露。
「そろそろ、良いだろうか……?」
「っ……は、はい……」
 もはや先延ばしにするのも苦痛になりつつある。セラフィータの準備が整ったことを感じたクレールは、そっと彼女の前髪を払い、口付けをしてからそっと囁く。
「もし辛かったのなら、遠慮せずに」
「……はい」
 こくりと頷くセラフィータ。だが、クレールは恐らく、彼女が拒絶を口にしないであろうことを予測していた。たとえ泣き叫びたくなるほどの苦痛でも、自分の都合で男に恥をかかせまいと意地を張るだろう。彼女がそういう娘である事は、もう痛いほどに思い知っている。
 だから、ためらうつもりはなかった。
 クレールは細い身体を割り開き、滾る己自身をそっと潤む秘めやかな泉の淵へと押し当てる。
「ッ、あ……っ」
 切なげな声。か細い悲鳴にも似た鋭い叫びが、セラの白い喉を震わせる。
 柔らかくも瑞々しい弾力に富んだ肌の内側に、熱いほどに滾った肉の刃が押し込まれてゆく。
「ぁ………ぅッッ!!」
 それは、今まで耳にした彼女の、どんな悲鳴よりも切なくクレールの耳に届いた。
 同時、クレールは己自身が、セラの狭く細い中へと沈むのを感じていた。蕩けるような乙女の未踏の領域を蹂躙するとともに、抑えきれない獣の猛りが己の内側で容赦なく暴れ出すのを感じる。
「っは、・・…っ、痛……ぅ……っ」
「は……っ」
 きつくシーツを掴み、喉から声を絞り出すセラフィータ。クレールも共に息を荒げていた。二人分の吐息が、いつしか熱く澱んだ部屋の中を掻き回す。
 そのまま、どれほど身体を留めていただろうか。
 じじ、というランプの芯の焦げる音に、クレールは我に帰る。
「……クレール、さん」
 無残に引き裂かれた脚の付け根より、ぽた、ぽた、とシーツにこぼれる赤い滴りは、まるで涙のようだ。セラフィータは目元に浮かぶ雫を堪えるようにぎゅっと目を閉じ、細い腕を精一杯クレールの背中に回す。
「っ、……だ、大丈夫……です」
「無理をするな」
「ほ、本当に……平気、ですから……っ」
 この後に及んで相手のことを案じようとするその声に彼女の限界を感じたクレールは、できる限り早く終わることを心に決めた。セラフィータの腰を抱え、ぐっと身体を突き入れる。とたん、衝撃がぶり返したかセラフィータがびくと身体を硬直させ、クレールの背中に爪を立てる。
 その健気な様に、見ているだけで胸が締めつけられる。
 自分の我が侭であるからと、せめてクレールにだけは不快な思いをさせまいとしているのだ。悲痛な決意に、クレールは苦いものを噛み締める。
 最後まで終えなければ、彼女はまた自分を責めかねなかった。
「……すぐ済ませる」
「っ、あ…っく……ッ」
 短く告げると、クレールは乙女の体奥に力強く己を叩き付けた。開通したばかりの細く狭い柔孔を、滾る男の欲望激しく行き来し、掻き混ぜる。
 ぎし、ぎし、と襤褸い寝台が悲鳴のような軋みを立て、セラフィータは腰を痙攣させ、悲鳴を飲み込むようにして、クレールの身体に抱き付く。
「…っは………くれーる、さん……ッ!!」
 張り付いた胸のふくらみが、クレールの胸板の下で押し潰され、セラフィータは声にならない悲鳴を上げた。一度叫んでしまえば、そのまま泣き出してしまうからと、必死にそれを堪えているようでもあった。
「ッ……」
 灼熱のようなうねりがすぐにやってきた。慣れぬながらも懸命に男を迎え入れ、その欲望を絞り取ろうとする娘の健気な姿勢に、クレールも自然、天上知らずの昂りを覚える。
 いつしか彼は自制を失い、荒れ狂う欲望のまま、まるで純朴な若者のように、一心にセラフィータを抱いた。幾度も幾度も細い身体を抱え込み、溢れんばかりの想いを叩き付けてゆく。
「っぁ……ぅうっ!?」
「く、ぅ……ッッ!!」
 二人の昂りが大きく交わり、そして高まり――重なる。
 真っ白に染まる視界の中、クレールは余すところなく己の白い欲望を、セラフィータの胎内へと吐き出していた。身体の奥深くでそれを受け止め、セラフィータはがくがくと身を震わせ、熱い吐息をこぼす。
「……っふ……」 
「…………、は……ぁ……」
 腰から背骨にかけて、心地よい徒労感と、甘い余韻が痺れのように広がってゆく。
 大きく息をついたクレールの下で、セラフィータは頬に滲む涙をそっと拭い。懸命に笑顔を作って微笑んだ。
「……ありがとう、ございます……」
 その礼は、果たして自分が受け取るべきものだろうか。
 ゆっくりと冷めてゆく昂りを感じながら、クレールは心に落ちる暗い影を振り払うように、再び彼女と唇を重ねた。

 

 

(了)


  • なんとなく天王寺きつねとかの作風をイメージして書いてみた歳の差カップルの初体験モノ。まああれだ、シックにまとめてみようとして結局ぜんぜん技量が追いついてないような気がするのは私がヘボなせい。
  • ある種クレールさんに萌えるお話だと思う。
  • たまにはまともな男女の絡みをと思って頑張ってみたけれど、やっぱりこれも実用性は皆無な気が。心の飢えを満たすのには使えません……ですかね?
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