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カセリナの舌

カセリナの舌

[SS一覧]

  • クラウゼル×ユスターシア
  • 白鳥人がエルフになんであんなに恨みを抱いてるのか皆目不明。
  • でも攻めがいないので諦める。

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 ぎぃり、と壁に穿たれた太い杭が軋む。
 脚と手を皮紐で縛られ、両腕は太い鎖に繋がれている。屈強な戦士ならばたやすく跳ね除けるかもしれない戒めも、エルフの非力な身体では逃れる事どころか身じろぎすることすらも適わない。
 床に刻まれた法陣には秘儀魔法の呪力が満ち、言霊を紡ごうと試みるだけで鈍い痺れが全身を支配する。身体の自由どころか破滅を与える旧き言霊の力すらもを封じられ、クラウゼルは薄物一枚の無防備な姿で息を乱すだけの哀れな娘に成り下がっていた。
「んぅ……っ…」
 小さな唇を割り裂いて押しこまれた二本の指が、柔らかなエルフの舌を弄ぶ。たまらず声を上げたクラウゼルに、ユスターシアは薄く笑みを浮かべた。
「いやらしい舌ですのね。物欲しそうに、なにを強請っているのかしら?」
 舌の上に刻まれたファンタスマの聖痕をなぞられて、クラウゼルは肩を震わせる。口腔に溜まった唾液がこぼれ、つぅ、と糸を引いて床に散る。深き森の恩恵を受けた森人の身体は、濃密な媚薬の責めに反応して発情をはじめ、花の蜜にも似た甘い香りを漂わせている。
「ほんとうに、大したものですわ。ひと舐めでたちまち虜……ということかしら。貴方はこの甘言で一体どれだけの穢れなき乙女を騙してきたんですの? 
 ……エステルランド王女ヒルデガルド。グリュンバルト城主代行フランカ。イスマリア女学院の庭師ラウラ。貴方に感謝を捧げて再会を誓った彼女たちは幸せになれたとお思いですの? 貴方がその呪われた舌で篭絡した、愚かで哀れな彼女たちは」
「っ……」
 千の戯言をもって真実を騙るカセリナの舌。伝承には記されない呪いの真の意味をユスターシアは知っているのだ。
 百記集『罪の大地』に曰く、虚言と甘言を伝えるとされるカセリナの呪いだが、そこに在る伝承が全ての真実を語っているわけではない。極上の甘美をもって、身も心も蕩かす魔性の舌。……魔神クックラカンが与えた忌まわしき呪いとは、虚言だけにはとどまらないのだ。人の心を容易く支配する舌は、閨での枕事においてこそその真価を発揮する。
「神に身を捧げた貞淑な尼僧も、穢れを知らぬ無垢な乙女も、想い人に儚き恋を抱く姫君すらも、あなたが軽くくちづけただけで我を忘れて嬌声を上げるのでしょうね。……殿方の事など忘れさせて。
 歓喜に鳴き叫ぶ彼女たちをいたぶって、貴方はどんな気分でしたの?」
 ユスターシアの指は容赦なくクラウゼルの舌を弄り回した。人の運命すら自由にする言霊を操る舌の上のファンタスマの聖痕は、彼女の身体の中で最も繊細な部分でもある。唇を閉じることも許されず、とろとろとこぼれつづける唾液は、地下に築かれた牢の中にますます甘ったるい匂いを立ち込めさせてゆく。
 クラウゼルは、朧にかすむ意識を必死に保ちながら傲慢な白鳥人を睨み付けた。ユスターシアの指を噛み千切るつもりで歯を立てるが、力の入らぬ顎では彼女の細指すら噛み切る事は適わない。
「……嘲いたければ嘲えばいい。そうでもしなければ、誰がこんな穢れた民を友人同然に受け入れてくれるというの。森を焼け出され、仲間を裏切った惨めな女を。……そうでもしなければ、私の目的は達せられなかったもの」
「っ、ぁはははははっ!! 浅ましいわ……悔いるどころか開き直るおつもりですtこと!?」
 ユスターシアは嗜虐に美しい顔を歪め、手にした鞭でクラウゼルの頬を張る。
 頬を紅潮させ、びくん、と背筋を震わせる森人の姿に、白鳥の乙女は口もとの笑みを隠さずに詰め寄ってゆく。
「自分の滅ぼした森の再建……素敵な罪滅ぼしですわ。けれど、貴方も愉しんでいたのでしょう? 本来なら話すどころか目も合わせて貰えないはずの高潔で清純な乙女たちを組み敷いて、この舌の虜にして。……枕を並べて、途切れぬことの無い愉悦を昼も夜もなく繰り返して――」
 ぎりぃ、とユスターシアの指がクラウゼルの細い顎に食い込む。
 再び口腔を蹂躙され、森人の娘は嗚咽に似た悲鳴を上げた。
「それを、言うに事欠いて英雄なんて。……有りえないですわ。
 誰が騙されようとも、私は許しはしませんわ。貴方の罪は消えたりしない。魔神の呪いなんてなくても、貴方はひとの心を犯し、惑わし、貪ってきたんですもの。……その報いを受ければいい、旧き森の魔女め……!!」
 鋭く空を切る鞭がクラウゼルの白い肌を打ち、ほの紅い跡を浮かび上がらせる。
 澱む牢の空気の中に広がる甘い香りは、途切れることなく濃くなり続け――衆目から隔絶された異端の問いをますます加速させてゆくのだった。

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